知床旅情

知床遊覧船

の遭難ニュースで思い出した・・・、今は遥かな昔、行方不明(多分生きてる)の嶋田と北海道一周したのだった。知床半島の付け根のウトロから、漁船で遊覧した(しゃれた遊覧船はまだない)、ジーパンの若い女の子も10人くらい乗ってた、イルカの群れとか泳いでて雄大だった。でも、寒さでおしっこしたくなった。漁船だからトイレない、がまんしてたら、なんとその嶋田、とうとつにポロンと出して、船べりからいちもつ突き出して、海に向かってたちしょんしだしたからびっくり、同乗の女の子たちうっとりと、でかい一物を見てた・・・はずがない、見てたのは俺だけで女の子たちも必死にがまんしてるから、ひたすらうつむいてるだけだった、そのうち、ふなべりに白い尻を突き出してくれるか、と期待したが、さすがにそれはなかった(ちなみに、この知床遊覧たちしょん男、その後女子高の高校教師になったらしい)。

なお、合宿犬は、ソチンなので結局、最後までがまんしてた、その程度の金玉だから女子高ムリ!

なんで北海道かというと、特殊ルールの大事な柔道試合があり、それについていった帰りだった。たしか真駒内の機動隊の宿舎みたいなところで合宿し、地元のOBから差し入れが一杯あり、鶏もも肉とかぎょうざが寝床の横に山盛りになって、7月なのでくさりかけてた。でも選手たちはそんなに食欲ないので、気楽なOBの竹林さんが「いけるき」とか言いながら、くさりかけの餃子を、むしゃむしゃたべてた(もちろん腹はこわさない、たぶん何喰っても大丈夫、みそをあてに大酒飲むらしい)、ついていっただけの新入りも残飯にありついて、試合もいいもんだなーと思った。

道中、稚内あたりじゃあ7月なのにストーブたいてたし、ウトロの店先にはヒグマの子供がつながれていたような時代だった。その後何度か北海道いったが、この最初の印象、景色が一番輝いてる。はるか昔なのに結構覚えてるもんだ、臨終の際に浮かぶという走馬灯は、こうゆうもんかもしれん。

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